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春次賢太郎は、日本絵画に精通しているが、しっかりしたバックボーンがあっての事。その為、大学では日本画学科に進み基礎の基礎から学び直しています。それまでは、様々な絵画展に足を運んだり、市販が終了してしまった貴重な本を市の図書館などで勉強していましたが、どうしても本格的に学びたいと、大学までエスカレーターだったのに、武蔵野美術大学の日本画学科を受験しました。

春次賢太郎が武蔵野美術大学の日本画学科に行く事を決めたのは高校二年生の春だったので、必死になって受験勉強を行いました。睡眠時間を削りながらの受験勉強だったので、本当に大変な毎日でしたが、それでも自分の好きな事を勉強できる大学に行くための苦労でしたので、ツライというよりは、充実しているといった方が強く、どんどんのめり込んでいきました。

休日には都内まで出向き、大好きな雪舟や俵屋宗達などの展覧会でやる気をもらったりしながらしっかり勉強していきました。その結果合格する事ができ、日本絵画への道に一歩踏み出したのでした。春次賢太郎の家はそれほど裕福ではなかったので、奨学金をもらいながらの生活でしたが、学校の近くの居酒屋でアルバイトをしていたので、食べる物には困りませんでした。その店の店員やお客さんと仲良くなることで、新しい世界が広がり、春次賢太郎の大学生活をより有意義にしていきました。

武蔵野美術大学の教授の中で、日本絵画に精通している方がいて、春次賢太郎はその教授にべったりでした。大学の図書館には、市の図書館には決しておいていないような貴重な資料が沢山あるのでバイトと授業以外の多くの時間は教授の仕事を手伝っているか、図書館に入り浸っているかでした。日本絵画に興味を持ちつつも、日本絵画に影響を与えた元の作品の事も深く知る事で、より日本絵画について詳しく知る事が出来るようになり、その事実を知る前と知った後では、描かれている風景や線の太さなどから感じる意味合いも違ってみる事が出来るようになりました。

本当に素晴らしい絵画は説明も言葉もいらないというのは事実かも知れませんが、より深くその絵画が描かれた背景や作者が生まれてきて、この絵が完成するまでに至る過程を知っていた方が、より深く、より詳しく日本絵画について知る事ができるので、探究心は、50歳を過ぎた今でも衰える事はありません。春次賢太郎は歴史ある作品はもとより、最新の日本絵画についても造詣が深いのはこの為です。

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