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日本には「1万本のワインセラー」をウリにしている会員制社交クラブもあるくらいです。一個人である萩広史が、一体どのようにしたら1万本以上も収集できたのでしょうか?もともと子供のころから切手収集をしており、収集することに喜びを見出すようなタイプの性格であることも一因ですが、1万本を個人で収集できたのは、萩広史のように資産家の家庭に生まれ、現在もレストランオーナーとして成功しているだけでなく、ヴィンテージワインへの愛情がずっと続いていたことが大きな要因だったと言えます。

萩広史がヴィンテージワインの魅力に取りつかれたのは二十歳からですが、学生時代は収集よりも仲間とワイワイ愉しくたくさん飲むことのほうが大事でしたので、飲み比べまとめ買いセットなどを好んで大量に買い、気に入ったものを再購入してコレクションにしているくらいでした。幼い頃から見てきた父親のデカンタージュ姿に憧れていたのもあり、学生時代にフランス料理店でアルバイトを始め、そこで出会った先輩ソムリエの洗練された姿に感動して真似をするようになり、習得した技を家族や友人の前で披露するなどをしていましたが、そこでも飲むことの方がメインでした。

不動産コンサルタント会社に就職して安定した収入を得るようになってから、ワイナリー巡りを始めるようになり、消費よりも収集がメインになりました。時代の影響もあり、自慢できるようなヴィンテージワインをコレクションすることに注力する時期もありました。萩広史がバブル崩壊後に不動産コンサルタント会社を辞めて2万本収納できる地下室ワインセラーを作る決断をし、33歳でソムリエ試験に一発合格した後にレストラン経営を始めるようになったのも、ワインを収集するペースが上がるきっかけになりました。

レストラン経営の傍らワイナリー巡りを続けるうちに、いわゆる「外れ年」の中にも生産者の努力や保存によって味わい深く傑出したワインがあることが分かってきて、その収集にも力をいれるようになりました。レストラン経営も軌道に乗るようになってお客様からの信頼も増していった頃になると、高齢になる知人のワイン愛好家から「広史君以外には、このワインを持つ資格が無い」と譲られるほどにもなり、彼のコレクションは更に増えていきました。そしてコレクション数が1万本に近づく頃、東日本大震災が起きました。幸い、萩広史のワインセラー地下室は堅牢な作りで、ワインもぎっしりと格納していた為に被害は無かったのですが、常に人の為になりたいと思う性格で東北に数多くあるワイナリーを応援したい思いが強くなり、東北地方のワイン収集にも力を入れるようになりました。

三十数年このようにワインを愛し続けて、気がつけば1万本を越えるコレクションになっていたのです。

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